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  • 2012年5月11日

    京橋に船着き場を!

    京橋20120511-2

    京橋20120511-1

    我社の前に京橋と言う橋が架かっています。

    この界隈はその昔、船着き場があり瀬戸の島々への航路がありました。

    僕が創業した(12年前)ころから、独り勝手な妄想で

    「ここへ船着き場があれば、岡山の街は活性化する」

    と考えていました。

    ここ数年、小豆島での仕事で頻繁に島へ行く機会が増え、

    そして一昨年の瀬戸内芸術祭の人の流れを見てその想いは強くなってきました。

    僕達がやっているアート教室も規模は小さいですが、そう感じさせるきっかけになっています。

    直島を発信源とした現代アートの流れは、恐らく数十年後、

    日本だけでは無く世界中から「現代アートのメッカ」として認められ・・・(すでにそうなりつつある)

    注目される場所になる。

    瀬戸の島々やその周りのエリアへ、観光客やアーティストが集まり始める。

    岡山では駅周辺に大型商業施設やマンションが乱立して、

    駅周辺に人々が集中する流れがあります。

    これは決してこの街の未来に良い出来事では無いと僕は考えています。

    街はあちらこちらで空洞化し、この街が持っているポテンシャルを活かされないと思う。

    そこで、それを改善し瀬戸内海で今まさにおころうとしている流れを生かす

    素晴らしい街となるきっかけのひとつが、

    「京橋に船着場をつくる」・・・(ベネチアにあるような活気ある船着場が理想です)

    だと考えているのです。

    直島、小豆島、犬島、豊島の航路は勿論、

    そればかりでは無く、玉野、児島、牛窓、そして対岸の高松への航路により

    観光客ばかりでは無く、生活している人々の利用も活性化される。

    僕は広島の因島で育った故によくわかるのですが、

    島はとてもコンパクトで便利な作りになっています。

    港を中心に生活の全てが整うように考えられている。

    島は橋(陸上交通)よりも港(船)の方が実は優れている。

    話を岡山に戻すと、日本をはじめ世界中から集まる観光客が

    中国地方の交通の要所である岡山へ滞在して活動することが、

    船着き場により利便性が向上し可能となる。

    駅から京橋までの路面電車もあるし、時間がある人は徒歩で15分~20分くらいで着く。

    その道中には岡山県立美術館、オリエント美術館、林原美術館、

    そして少し寄り道して夢二美術館、など文化ゾーンがある。

    さらに西川緑道公園、ルネスホール、後楽園、岡山城、歴史的建造物も楽しめる。

    市民会館、シンフォニーホールなどコンサートやミュージカルに対応した施設もある。

    また、人の流れが出来ることにより、ショッピングゾーンや飲食店、ホテルなども

    活気あふれることが予想される。

    もしかしたら、船着き場周辺には芸術家のアトリエや美術学校があっても良いだろう。

    夢はふくらむ・・・こうして考えると悪い要素が見当たらない。

    活気あふれる街、みんなに「夢」があるのではないだろうか?

    こんなことを、我社の前の景色を時折眺めながら妄想している。

    そろそろ、具体的になにか形にして勝手に岡山の街を創造してみようと企んでいます。(kido)


  • 2012年5月11日

    言葉の重さ

    僕達が関わらせていただく物件は

    家族で経営されている店舗がとても多いです。

    特に飲食店はそうなんですが、そこに様ざまなドラマがあります。

    改装もしくは建替えで設備投資をして店舗や事業を行う時、

    建築主さんはそれが生活を支える糧となります。

    ようはその投資がその後の家族の生活を左右することになる・・・命がけなのです。

    僕達はそこに関わっている・・・特に家族で営まれている店舗では死活問題。

    そして、特に資金面でやりたい事とやれる事のギャップの中で

    苦悩しながら空間を造りあげて行きます。

    はるやま内観

    この物件では打合せの中で、こんな事があった。

    家族経営の飲食店、ある日予算面で厳しい選択を強いられる打合せをしている最中に

    お父さんから、こんな告白を受けた

    「木戸さんには話しておきます。資金が足らないならば僕の生命保険を使って下さい。

     実は・・・余命・・・なんです・・・・。」

    後に残された家族に自分にかけられた生命保険を使って、

    少しでも希望通りになる空間にしてほしい!と言うものだった。

    その時のお父さんの笑顔で僕に話される姿が眼に焼き付いて忘れられない。

    その言葉の重さに僕達は本当に応えられたのか?

    いまは亡きお父さんの期待に応えられたのか?今でも自問自答している。

    もっと僕達にやれる事があったのではないかと・・・。

    父(ひと)の生きざまを学んだ物件でした。(kido)